小学生くらいに戻れたら本当に幸せか
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お疲れ様です。
直近はテーマを決めずつらつらと書いており、話題に困ることが多かったので、今回はテーマを考えてきました。
無論、内容はキーボード打ちながら考えるので、上手に着地できなかったらすみません。
今回話したかったのは、小学生くらいに戻れたら幸せかどうか、という話です。
幼少期に戻って人生をやり直したい、という話はよく挙げられるテーマで、実際そのような願望を持っている方も一定数いらっしゃると思います。
もちろん、幼少期になんて戻りたくない!という人が一定数いることも事実だと思います。ただ、一応その点を踏まえた上でも、じゃあ戻りたい人はなぜ戻りたいのか、本当に戻れたら幸せかという観点をちょっと雑談したいなと思います。
この話をするにあたって、まず僕が戻りたいと思う側かどうかを話したいな。
僕は直感的に、過去に戻りたいと思うことが実際何度かあったし、小学生くらいに戻って、上手くやってみたいなんて考えることも何度かありました。
一方で、なんで戻りたいと思うのかとかを色々考えたときに、過去に戻ることに対して自分が求めているはずのことは、過去に戻ったとしても、実は満たされることではないな、と思うんですよね。
この辺をもう少し具体的に話したいです。
まず、僕が持つ過去に戻りたいという欲求の根源は多分2つあって、一つは失敗や過ちの取り消しで、二つ目は承認の獲得なんだと思います。
過ちの取り消しについては...うーん...書いてみて思ったけど、想像以上に魅力的で、あまり歯切れよく断言できないのですが、
自分が原因ではない不幸であってそれが食い止められる場合や、自分が原因となる不幸であっても他人が傷ついている場合には、過去戻るべきだと思います。でも、
ただ自分が恥ずかしいとか、間違えたからうまくやりたい、という理由では取り消しても仕方が無いんだと思います。
これを正確に話すなら、やり直しの回数とか期間を定義するべきだったな。短期間のやり直しの権利だと話変わっちゃうもんね。なんとなくそうなる気がして、今日のタイトルは「小学生くらいに戻れたら幸せかどうか」にしました。ただ、
短期間のやり直しが込みでも、やはり自分のためだけなら取り消してはダメですね。
自分の中で間違えた記憶は消えないのに都合よく書き換えてしまうと、人格形成に悪影響が出たり、人生が矮小化されたりすると思います。
例えば昔のゲームのリメイクを遊ぶとき、巻き戻し機能がついてる場合がありますけど、あれ、一回でも使うと急にゲーム体験の質が変わってしまうんですよね。
巻き戻しがあったらあったで面白い時もありますけど、一度巻き戻して変わってしまったゲームへの質感や印象の変化って不可逆だな、と。
人生でそれが起こってしまう可能性があるのは大変恐ろしいです。ただでさえ面倒なことばかりで、やる気の出ない日だってあるのに、ここに虚無感のベールを一枚追加するなんて。
巻き戻しをそこでもう一度使えたとしても、記憶や経験を残して巻き戻す限り虚無感のベールは消えませんからね。死ぬまで付きまとってしまうのではないかと思うのです。
ここまでが過ちの取り消しで、つぎは承認の獲得について話します。
承認の獲得で具体的に想定していたのは、テストで容易にいい成績を残すとか、作文や図工で良いものを作ってみてもらうとかですね。
特に後者なんて一見楽しそうじゃないですか?大人になるとそういう機会無いけど、時間内に決まったテーマで何か作って色んな人に見てもらえるということが、まず大人並みの能力を振り回せば楽しいと思うんです。時間制限とお題の存在と幼さという3つの要素がハードルをたくさん下げてくれるから作りやすいし、見てもらえるのが確定しているし。
しかし、実際小学生に戻ってみたら、楽しくないと思うんです。僕の価値観がそうだからかもしれませんが、楽しめないだろうなと思える理由が一つあって、
なんと時間内に書ききれなかったので、来月に続きます。
~~~今月やったこと~~~
ちょっとだけ絵描いた
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